7、8年前にイラストレーション誌の公募「ザ・チョイス」の安西水丸師審査の回に応募した。結果は落選で、誌面の審査の講評には「今のイラストレーター志望はまったく絵について勉強しておらず失望した。この程度の絵で入選できるのだから良い時代だ。皆勉強不足がひしひしと伝わってきてつらい。他のイラストレーターがどのような絵を描いているかを知らなければ自分のポジションが見えない。イラストレーションの仕事は減ってきているそうだが本当のイラストレーターが残る時代になっているということだし、落選もまた天の恵みと思ってほしい。」と要約するとこのように書かれていた。以来ぼくの頭の中には

(自分のイラストレーションのポジション)

という言葉が消えなかった。以降他のイラストレーターを研究し自分の画風を確立しようとかなりの時間を費やすことになる。大学四年以来イラストレーターを一応名乗りすべてを捧げてきたつもりでいたものが、思いおこせばどうしてお金をもらえていたのかが奇跡のようにさえ思うほどに勉強不足のまま仕事をしていた。月刊誌(女性誌、山岳誌)連載、クラシックポスター、コンサートホール、公会堂、駅貼りポスター、書籍、装丁、パンフレット、絵本、その他これまでの仕事それぞれに思い入れと反省が昨日のことのように思い出され、未熟な若者に丁重にお仕事を依頼頂いたクライアント方々には感謝の念あるのみです。



(イラストレーターは今の時代食えない)

最近こういう言葉を耳にしたり読んだりすることがある。ぼくはこの一行にある(今の時代)という部分が嫌いだ。イラストレーターが(自分のことをさして)これを言うのなら、(今の時代)ではなく(今の自分)に置き変えるなら納得がいくのです。

(今の自分の力ではイラストレーションだけでは食えない)
と。

フリーのイラストレーターが一年間イラストレーションの仕事だけで、例えばサラリーマンの一般的な年間収入(ボーナスも含めて)と同じ額を得るとしたらそのイラストレーターはかなり幸せだし、人の役に立つ仕事をしていることに自信を持つべきだと思う。もちろんそれ以上稼ぐことができたら素晴らしいけれど。なぜならイラストレーターは仕事場環境を自由に選べ、パワハラもセクハラもなく、上司命令もなく部下を叱ったり育てる必要もなく、時間がなければ仕事を断り、仕事がなければアルバイトをするのも自由。このような形で自然に仕事が来たり簡単に安定した生活が送れるとは虫がよすぎる考えだと思うから。
ぼくは幸いにして(といえるかどうか微妙なところだが)大学四年次からイラストレーターの仕事をし始めて以来アルバイトをしたことはほとんどないが(但しジリ貧の生活時期はあります)、世間一般に考えられているようにイラストレーションのみで生計を立てていくのはなかなか難しいというのが実感だ。イラストレーターの範囲外であるデザイン・ディレクション業務をグロスで請け負ったり(デザインは、デザイナーに外注)、営業、企画から関わることも多い。また、剣道の講師もしている。
イラストレーションのギャランティの話をすると、一般的なアルバイトなら半月分あるいはそれ以上に相当するような金額を数時間の作業(とはいえラフ出しやテキスト読みなど資料調査にかなりの時間を費やすこともある)でもらえることもある。それもたいがいの場合は編集者の方から「安くてすみません」という言葉を添えて頂いたり、打ち上げなどでご馳走になることも。しかしこういうケースは限られているから一昔前よりは数が減って、それが冒頭の言葉につながるのだろう。もしくはイラストレーションの仕事が減ったこと以上にイラストレーションの仕事ができるデザイナーやセミプロが増えている(悪い意味ではなく仕事が多角化している)ということもあるし、これが大きいとぼくは思っている。または半人前のイラストレーター志望(中にはプロよりいい絵を描く学生もいる場合も)に格安で描かせる輩がいるのも一因かもしれない。ぼくは大学三年のときに広告代理店出身の教授から小冊子表紙のお仕事をいただき、クライアントは学生相手にイラストレーション一枚8万円(小冊子表紙としてはいい金額です。学生当時にしたら驚きの高待遇)のギャランティを支払い、お礼の年賀状まで出して頂いた。金額の面だけではなくプロとして丁重な対応を受けるという本当に素晴らしい経験をした。逆にたまたま飲み屋で同席したプロダクションの社長かなにかに、酒の席上イラストレーションを描くなら試してやるとその場で五千円手渡されポスター用のイラストレーションを描くはめになったこともあって今なら激怒するだろうが当時はその日の飲み代に変えたということもあった。ここまでとはいかないまでも(ひとやまいくら=例えば数十枚描いて2、3万円前後で一枚あたりは数百円の仕事)の仕事をしなければ安定収入を確保するのは難しい時期もある。そしてこれに耐え切れずに廃業することになるイラストレーターは沢山いる。ひとやまいくらの仕事はぼくも沢山やったが、沢山の工業製品を描いたり動物を描いたり一つひとつのギャランティに換算すれば格安だが資料を調べいろいろなものを描く練習になりとても楽しんでやった。今では大抵のものは資料を見なくてもだいたいの形を描くことができる。未熟者にとっては安い仕事も成長するチャンスといえるし、自分にメリットがないなら断ればいい。ギャランティを聞いた上で仕事を受けているなら安いと文句を言う筋合いはないと思っている。
大学時代の恩師、安西水丸師はよく「人間一度はネクタイをしめて勤める経験をしたほうがいい。」と言っていた。これは働いてお金を稼ぐことの難しさや社会における礼儀作法を学んでからフリーの仕事であるイラストレーターになりなさいという意味だ。イラストレーターのパートナーは主に会社員。会社員は沢山の時間とお金を費やして社員教育を受けるが、イラストレーターは自分で名乗った瞬間から一応イラストレーターになることができる。繋がりがあったり、それなりの絵が描ければ多少は仕事も来る。誰でも一度はなろうと思えばなれる。しかし会社と対等な立場でひとつのポジションを担う社会的なスキル(社員教育にも含まれる社会常識など)があるかどうか。スキルが無い単に絵を描くだけのイラストレーターがいたとして、締め切りは守らない、クライアントの意向を理解できない、さらには出来上がりが悪い。そういった負の結末があれば会社はイラストレーターに失望する。イラストレーターは淘汰され、イラストレーションの仕事も減り写真で行きましょう、アニメーション、CG、役者で行きましょうとなる。
淘汰されるどころか連載や印税が月に何十もある有名な大御所イラストレーターはどうか。演劇関係や書籍の装画で活躍されている宇野亜喜良さんは会社勤めをされてから独立するも仕事が全くない時代があったという。和田誠さんは早くから活躍されたイラストレーターだが広告代理店勤務の経験から他人のデザインでは物足りず独立されてからは必ずご自身でデザインをされている。デザイン込みでないと断るほどの徹底ぶり。安西水丸師は39歳で独立されるまでは編集やデザイナーのお仕事をされながら今や伝説になっているガロの人気漫画家だった。ガロはギャランティがないことでも有名だったが、安西師は「勉強になるからやってみた。」そうだ。凄いのは当時からすでに画風を確立され、2012年の回顧展でその年に描いた絵と1979年頃(ぼくが生まれて間もないころ)の絵が並んでいて、どちらが新しくて古いかわからないほど同じような仕上がりだったこと。文筆家としても活躍され、中には「文章が描けて取材もできて便利だからイラストレーターの仕事もとれる」という薄っぺらな視点による解釈をされる方もいるが、そうではなくイラストレーションを描くまでに足を使い取材をし本を読んで知識を得、さまざまなイラストレーターを研究し尽くした上で無駄を排除し洗練されたイラストレーションを描いているわけだから、文章も書いて当たり前なのだ。例えば白い足を表現するのに「蟹の剥き身のように白い足」(手のひらのトークン 安西水丸著より)と書くことが出来るのは絵が描けるからだ。
偉大な作家は自分の作品(仕事)をすぐに売って稼ぐこと(営業をかけることも含めて)以上に時間をかけて腕を磨かれていたのではないかと思う。それはそのイラストレーターにしかできない仕事はそれ自体が(社会に通用するアイコン)であり(不可欠なパーツ)であって一つの会社と同じだから。商品開発とも言えるその期間は二十代から三十代まで生活スタイルまで捧げて続き、やがて完成される彼らの仕事のおかげでイラストレーションは認知され、クライアントの需要は高まる。(=クライアントと共に成長するケースも多い)同時に廃れて消えるイラストレーションがあり、その先に今があるのではないかと思う。
(今の時代)というならば、(今の時代)を悪くとるふしがあるが、逆にさまざまな形のクリエイターの先人の仕事をいつでも学ぶことができるし、コンピューターや写真は誰でもある程度使える。お金がなくてもそれなりに作品を作ることができ公募やコンペ、インターネットで発表も宣伝もできる。(今の時代)ではなく過去に遡り歴史をひもとけば戦時下においてすら絵の売買は行われ、クリエイターは発言力を持っている。戦国時代に描かれた絵も江戸大平の世も、昭和平成でも素晴らしい作品は生み出され、常に発見されている。大切なことはそれぞれの時代に応じてイラストレーターはいたということ。古代エジプトの壁画でさえ(伝える)ために描かれている立派なイラストレーションだったのかもしれない。
学友でもあり大手代理店に勤務していた(今はやめたそうですが)アートディレクターに(イラストレーションファイルというカタログのようなものを指して)「(アートディレクターから見れば)イラストレーターはこれで選び放題だから」と言われたことがあった。どのようなつもりでわざわざこういう話をぼくに言ったかは不明だがこちらにも彼の依頼を断わる自由がある。イラストレーターは依頼人のしもべではないのだから。有名代理店のアートディレクターとしてちやほやされていたのか学生当時の彼を思い出すと寂しい気がした。会社員または下請けはこういう輩に罵詈雑言浴びせられるのも仕事のうちのようなもので辛い話を聞くことがある。こんな責め苦に耐えなければならないのなら給料いらない、と言ってしまいそうなぼくは安いギャランティでも(もちろん充分なギャランティを提示いただいても)丁重に接してくれるクライアントとパートナーである幸せを噛み締めている。先述のアートディレクターもいずれは(会社の大きさや威信を抜きにして)自分の意思や実力で仕事をすることに憧れることになるでしょう。自分の意思を持ったときにはじめて(この仕事にはこのイラストレーターでなくてはならない)という判別ができるようになるのであって(選ぶのはぼくだ)と自慢しているうちはろくな作品を残せないでしょう。ぼくも(このイラストレーターでなくては)と言われるよう精進しなければいけないと思う。ちなみに大手代理店や事務所には多くの素晴らしいアートディレクターがいるし、実力者に上記の彼のような無礼はなく紳士ばかりである。
ひとつ付け足すとイラストレーター側の問題として大した絵も描いていないのに付き合いや交流、名刺配りや便利屋みたいな関わり方がやたらうまいイラストレーターがクライアントに悪影響を与えるケースもままあるように見受けられる。外交努力に目が行き仕事の質を下げてしまうが故に(イラストレーターなんて誰でもいい)となってしまうケースもあるから気をつけたいところである。
無理に外交努力をしなくてもイラストレーションの仕事とは全く関係ないところでも学ぶことはある。ぼくは昨年まである元大手商社出身の実業家と泥まみれになって小さな工場を二人で運営した。毎日早朝から深夜まで働く日々の合間にイラストレーションの仕事もしながら。彼と行動を共にしたのは二年間くらいでイラストレーターとしてかなり良い経験をさせてもらった。まず例えば鉄やアルミのクズの値打ち、労働者の裏側、高級ホテルの裏側や外国人企業の常識とのギャップ。なにより彼らの顔。いまぼくは数百人くらいの人々の顔を描くことができる。声色まで思い浮かべながら。酒場の絵を描くときは仕事を終えた顔を描く。打って変わって店員は労働者の顔。あるいは自分自身働いて疲れたらどんな飲み屋に行きたいか、何を食べたいか想像できる。先述の工場運営では利益が出なかった彼(実業家)はその後そこから発展した人間関係からさまざまな仕事に結びつけ、一流企業勤務当初以上の稼ぎを得ている。しかし彼はほとんど寝ずに働き真っ黒な顔を拭いもしないほど仕事に没頭していた。二年間を終えてその過酷さからぼくは(実業家ではなく)イラストレーターがいいと心底思ったが、この経験から労働者の気持ちになって描くことができるようになった。世界観が変わったと言ってもいい。とってつけたようだがぼくは人を描くことが得意になり公募に入選したり(人を描く)仕事の依頼が増えてきている(感謝)。先の二年間が全てではないが労働者の経験はイラストレーターのぼくを育ててくれた。労働者の経験はもう充分なので、次はOLをもっと上手に描けるようにOLを沢山経験したいなあ、などと考えている。(これは冗談)



目黒雅也

Comment
とても勉強&参考になりました。ありがとうございました^^
  • たかはし まいこ
  • 2015/06/22 21:08





   

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●剣道六段(新渡戸文化学園剣道講師)
●日大芸術学部にて安西水丸氏に師事
●日大芸術学部学部奨励賞
●イラストレーションヨコハマコンペ
1999、2000入選
●SAPPORO BEER TOKIO HOT 100 AWARD
ポスターデザイングランプリ
●誌とファンタジー公募入選
●13回TIS公募入選
●小学館文庫「洞窟オジさん」装丁

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